境界線の虹鱒

セクシュアリティ徒然草(情報の正確さは保証いたしませんので自己責任でご活用ください)

安全、正気、そして合意――英米でのS/M実践者についての研究

Darren Langdridge (2016) "The time of the sadomasochist"

Introducing the New Sexuality Studies 3rd Edition の第38章(p.337-345)である。今回第3版を参照したが、第2版であれば上記リンクから全文を読むことができる。なおページ番号や一部のデータや年号以外は基本的に第3版と同じである。

今回は上記の文献をもとに、イギリスやアメリカのサドマゾヒズムについて解説する。サドマゾヒズムは精神医学的な言説を通じて病理化されてきたが、他方で性行為のさいに明確な同意を取り交わす文化を発展させてもいる。そのためサドマゾヒズムについて考察することは、いわゆる「性的嗜好」をめぐる差別を考える場合や、性交の同意について議論するときなどに有益な示唆をもたらすと考えられる。

ただし社会的な文脈などが日本と異なるため、英米での議論がそのまま日本のサドマゾヒズムにも妥当するとはかぎらない。本記事後半で日本の文脈についてごく簡単な注釈を入れるが、ここでは日本におけるサドマゾヒズムについて踏み込んだ議論はしない。国や社会による違いがあることに留意しながら読んでいただきたい。

精神医学による病理化と、それに対する抵抗

サディズムマゾヒズムとは、19世紀の精神科医リヒャルト・フォン・クラフト=エビングによって命名されたものである。サディズムマゾヒズムについての理論は、まず精神医学のなかで形成されていった。

しかし当たり前のことだが、精神的な苦悩や不安を抱えていない人は精神科医の診療には行かない。そのため当初の精神科医たちは、主に同意のない性暴力行為をする人や、そうした欲望に苦悩する人への診療を行っていた。逆に言えば、同意のうえで幸せにS/Mを実践する人々を診る機会はほとんどなかった。こうした理由から、精神医学は「同意のあるS/M行為」と「同意のない性暴力行為」とを混同したまま、サドマゾヒズムを理論化していったのである。こうした歴史から、現在でもアメリカ精神医学会のDSM-5やWHOのICDといった精神障害に関するマニュアルのなかで、サディズムマゾヒズム精神障害の一種として分類されている*1。このような病理化に対して、今後のDSMやICDの改訂時にサドマゾヒズム精神障害カテゴリーから外すよう運動している人々もいる。

このように、精神医学のなかではサドマゾヒズム当事者の声が無視されてきた。それに対して、当事者の語りや実践に重きを置いた研究が、社会学や心理学などで1990年代以降に行われるようになる*2

法的な闘争

サドマゾヒズムに対する攻撃は、精神医学ばかりでなく法的なものもあった。その最たる例として挙げられるのが、イギリスで起きた「オペレーション・スパナ―」(Operation Spanner)である。

1990年12月、同意のうえでのサドマゾヒズム行為を実践していた16名のゲイ男性が、傷害や暴行などの理由で有罪判決を受け、罰金や懲役刑を科された。参加者のなかで治療が必要なほどのケガをした人はいなかったにもかかわらず、起訴に値するほど深刻な傷害だとみなされたのである*3

このときイギリス高等法院の裁判長Mr James Rant QCは「裁判所は文明社会で許容できるものとそうでないものとの間に線を引かなければならない。 この場合、その行為は明らかにその線の間違った側にある。」と述べた。ピアッシングや入れ墨、あるいはコンタクトスポーツが合法であるにもかかわらず、サドマゾヒズムは暴行に含まれるとされたのである。

メディアでの扱い

これに加えてLangdridge and Butt (2004) では、メディアにおけるサドマゾヒズムの扱いについての事例を挙げている。アメリカで1990年代頃に、インターネット上のSMチャットルームを通じて出会った人を次々殺害するという連続殺人事件が起きた*4。このときメディアでは、合意のSMと合意のない暴力とを混同しつつSMへの恐怖を煽るような報道がなされたのである。 

サドマゾヒズムの語りの出現

以上のように、サドマゾヒズムは病的で猟奇的なものと見なされてきた。しかしこうした出来事がありつつも、サドマゾヒズムに関する当事者の語りが1980年代頃から徐々に広がり始めてきた。この背景としては、まず家族計画や避妊技術の発展などによって、近代以降に性が生殖から段々と分離してきたことが挙げられる*5。これに加えて、20世紀後半以降に生じた様々な社会的変化がある*6。またフェミニズム運動も、特に1980年代頃のSex Wars論争を通じてサドマゾヒズムのストーリーを促した*7。こうした歴史を経て、現在ではサドマゾヒズムを扱った映画やテレビや文学なども作られるようになっている。

しかし一口にサドマゾヒズムと言っても、そこで実践される行為にはさまざまな種類があり、またサドマゾヒズトのコミュニティも多様である。そのため以下に述べるサドマゾヒズム実践の特徴はすべての実践者に当てはまるわけではない。それでも調査を通じて、ほとんどのサドマゾヒズム愛好者から語られた特徴がある。それが「安全、正気、そして合意」である。

安全、正気、そして合意のS/M実践

安全、正気、そして合意」(safe, sane, and consensual)というフレーズはS/M実践者たちの間でとても有名なものであり、ほとんどのS/Mコミュニティにおける中心的なルールとなっている。

まず「安全」について。S/Mにおける安全性についてはいくつかのレベルがある。1つめは、「シーン」*8に没頭する人々の身体的な安全性である。これについては、シーンの前やシーンの最中にも注意深い交渉が行われる。たとえば「セーフワード*9を確認しておいたり、安全なプレイを補助するための用具(コンドーム、グローブなど)を用意しておくといったことが挙げられる。また安全なプレイでは、パニックに陥ったり、良いように使われただけのような気分になったり、虐待されたりといったことを避けるために、精神的な安全性をめぐっても慎重な交渉が行われている。その例として「アフターケア*10が挙げられる。

正気」なプレイは以上の安全性とも関連するものである。過去の精神医学のなかでは、S/Mは正気でない人がやることだと見なされており、それゆえ合意を結ぶことは不可能だと見なされてきた。これに対する当事者たちの反論という側面が「正気」という語に含まれている。S/M実践者はシーンの前や最中にも可能なかぎりパートナーの精神衛生に気を遣う。S/Mクラブのようなパブリックスペースでは、そこに居合わせた人たちが正気なプレイの仲裁人となり、シーンの度が過ぎている場合には介入することもある。

最後に「合意」について。S/M実践者は完全な合意があるときにのみプレイを行う。これは、成人とだけプレイし、またシーンのすべての段階で積極的に合意を交渉するということである。

Langdridge and Butt (2004)による膨大なネット言説の調査から、S/M実践者たちの語る主要なテーマとして 1)サドマゾヒズムが病理的であるという見方を拒否するものと、2)同意をめぐって明示的な交渉があることを示すものが抽出された。1つめのテーマについては、さらに i) サドマゾヒズムは幼少期のトラウマの産物であるという考え方を拒否するものと、ii) サドマゾヒストは満足のいく関係性を構築できないという考え方を拒否するものがあった。

2つめのテーマについて、S/M実践者には(他のほとんどの性行為とは異なり)口頭もしくは書面での契約によって合意を明確化する文化が見られる。こうした契約は、たとえば伝統的な結婚式や、雇用契約、ビジネスサービス契約を真似るといった、パロディを通して行われる。

このような明確な契約を取り結ぶことは、長期的なS/M関係では一般的なものである。しかしすべてのS/M実践がこのような契約による合意を行っているわけではなく、特に商業的なS/Mの場では、過去に一度もあったことがない人やほとんど会話をしたことのない人とS/M行為をする場合もある。しかしこうした状況でも合意は重視されており、しばしば非言語的ではあるが、合意の交渉が継続的に行われる。

結論

S/Mは精神病理とみなされ、合意のない性暴力と混同され、ときに法的処罰を受けることもあった。しかし他方で、当事者の間では安全や合意をめぐる交渉が文化として発展している。さらに今回は詳しく取り上げなかったが、S/M実践には男女のジェンダーロールをパロディ的に演じることによって、ジェンダー規範へと抵抗する側面も見出せる。こうした意味でも、S/Mプレイをしない人々にとっても学べる要素があると言える。

おまけ:日本の状況に関する文献メモ

始めの方に書いたように、サドマゾヒズムはもともとは精神病理とみなされており、異常でおぞましいものとして扱われていた。しかし近年の日本では、「ドS」「ドM」という言葉が普及していることから分かるように、サドマゾヒズムを異常なものとみなすイメージは薄らいでいる。こうしたイメージ転換の言説史的背景については河原梓水(2015)が参考になる*11。また近年の日本の状況や、日本のSMイメージがどのように海外で受容されているかということについては、坂井はまな(2010)が参考になる。日本の性風俗産業におけるSMプレイについては熊田陽子(2017)による詳細なエスノグラフィがある。

サドマゾヒズムについてはサルトルドゥルーズなどの流れを汲んだ哲学・文学研究が多いが、当事者の実践などに関する社会科学的な研究はそれほど多くない。上に挙げた文献以外で、日本における重要な研究・文献があればコメント等でご指摘いただけると幸いである。

参考文献

・Beckmann, Andrea. 2001. “Deconstructing Myths: The Social Construction of ‘Sadomasochism’ versus ‘Subjugated Knowledges’ of Practitioners of Consensual ‘SM.’” Journal of Criminal Justice and Popular Culture 8(2):66–95.
・Giddens, Anthony, 1992, The Transformation of Intimacy: Sexuality, Love and Eroticism in Modern Societies, Cambridge: Polity. (=1995,松尾精文・松川昭子訳『親密性の変容――近代社会におけるセクシュアリティ,愛情,エロティシズム』而立書房.)
・Langdridge, Darren and Butt, Trevor, 2004, “A Hermeneutic Phenomenological Investigation of the Construction of Sadomasochistic Identities,” Sexualities 7(1):31–53.
・Plummer, Ken, 1995, Telling Sexual Stories: Power, Change and Social Worlds, London: Routledge.(=1998,桜井厚・好井裕明・小林多寿子訳『セクシュアル・ストーリーの時代――語りのポリティクス』新曜社.)
・Taylor, Gary W. and Jane M. Ussher. 2001. “Making Sense of S&M: A Discourse Analytic Account.” Sexualities 4(3):293–314.
・Taylor, Gary Wilson. 1997. “The Discursive Construction and Regulation of Dissident Sexualities The Case of SM.” in Body Talk: The Material and Discursive Regulation of Sexuality, Madness and Reproduction, edited by J. M. Ussher. London: Routledge.
・河原梓水,2015,「病から遊戯へ―吾妻新の新しいサディズム論―」井上章一三橋順子編『性欲の研究―東京のエロ地理編―』平凡社,262-9.
・熊田陽子,2017,『性風俗世界を生きる「おんなのこ」のエスノグラフィ――SM・関係性・「自己」がつむぐもの』新曜社
・坂井はまな,2010,「海外BDSM界における<日本>イメージ――快楽の活用とジェンダー川村邦光編『セクシュアリティの表象と身体』臨川書店,215-52.

関連記事

*1:余談だが、同性愛は1968年刊行のDSM-IIでは「人格障害」とみなされていた。1973年刊行のDSM-IIIで精神障害ではないとして項目から外されたが、「性指向障害」という項目のなかで「自我違和性同性愛」が置かれた。これは1987年刊行のDSM-III-Rで削除された。

*2:サドマゾヒズム本質主義的・病理的に捉える立場から離脱し、当事者へのインタビュー調査を実施した初期の研究としてTaylor と UssherやBeckmanなどの論文が挙げられる。

Taylor (1997)やTaylor and Ussher (2001)によって、サドマゾヒズムの言説的構築についての研究が行われた。Taylor (1997)はS/Mに関する伝統的な精神医学を批判的に概観し、その後24人のS/M愛好者へインタビューを行った。これをもとにして、Taylor and Ussher (2001)はさらに徹底的なインタビューを実施した。その結果、S/Mに関する4つの「定義的な言説」として「(i) 同意、(ii) 権力の不平等な均衡、(iii) 性的興奮、(iv) 定義の互換性」を挙げた。

またBeckman(2001)は、S/M愛好家たちがS/M実践を「『ノーマルな性器のセクシュアリティ』に代わるものとして、『より安全なセックス』として、『生きられた身体』の次元の探求として、ゲイ・レズビアンセクシュアリティステレオタイプを越え出る可能性として、そして『生きられた身体』の変化の潜在性を経験する可能性として」(Beckman 2001: 301)捉えていると論じた。

*3:この事件の背景には同性愛差別の影響があるとも言われている

*4:事件の犯人であるJohn Edward Robinsonは「インターネット初のシリアルキラー」とも呼ばれている。

*5:「生殖という必要性から解放されたセクシュアリティ」のことをギデンズは「自由に塑型できるセクシュアリティ」(plastic sexuality)と呼んでいる(Giddens 1992=1995: 13)。これはセクシュアリティが「生殖や親族関係、世代関係との古くからの一体的結びつきから切り離された」ということである(Giddens 1992=1995: 47)。この自由に塑型できるセクシュアリティの発達と対応して、「純粋な関係性」(pure relationship)が生じてきた(Giddens 1992=1995: 90)。純粋な関係性とは、「社会関係を結ぶというそれだけの目的のために、つまり、互いに相手との結びつきを保つことから得られるもののために社会関係を結び、さらに互いに相手との結びつきを続けたいと思う十分な満足感を互いの関係が生みだしていると見なす限りにおいて関係を続けていく、そうした状況」を指す言葉であり、「性的純潔さとは無関係であり、また、たんなる記述概念でなく、むしろ限定概念である」(Giddens 1992=1995: 90)。ギデンズは純粋な関係性の例としてゲイ・レズビアンの実践に言及しているが、ラングドリッジらは「サドマゾヒズムもまた純粋な関係性のありうる原型を提供するかもしれない」と論じている(Langdridge and Butt 2004: 33)。

*6:「すくなくとも一九六〇年代の後半から、セクシュアリティの新しいストーリーが形成されてきた。」「家族、メディア、経済、政治形態、都市構造のあらゆるところで根底的な変化が生じ、新しいセクシュアル・ストーリーが語られ、新しいセクシュアル・アイデンティティが確かなものとなり、新しいセクシュアルな制度化をすすめることができた時代だった。一九八〇年代になると、西欧のセクシュアルな世界は一〇〇年前の世界とはまったく異なるものとなった。」(Plummer 1995=1998: 337 )

*7:(Plummer 1995=1998: 339)(Langdridge and Butt 2004: 35)

*8:S/Mプレイにおけるシチュエーションのこと

*9:シーンを止めてほしいときやペースを落としてほしいときに用いる、事前に取り決めておいた隠語。S/Mでは「イヤ」「やめて」といった言葉をプレイの一環として使うことがあるため、別の言葉を事前に話し合って決めておく

*10:プレイ中にできたケガを和らげたり、望まれない精神的後遺症がないことを保証するための時間

*11:河原は日本の通俗的SMイメージのルーツの一つとして、1950年代前半に雑誌『奇譚クラブ』で活躍した作家・吾妻新のサディズム論を取り上げている。「一九五〇年代は、サド(マルキ・ド・サド:引用者注)のサディズムを最も重度なサディズム。「正常な」人々のなかにも存在するささやかな加虐嗜好を軽度なサディズムとして、両者を連続的に捉える見方が強かった」(河原 2015: 263)。また当時はエログロ雑誌が大量に出回り、ポルノに加えて猟奇殺人・犯罪を扱った記事が巷に溢れていた時代でもあった。そうした状況下で吾妻は、猟奇的残虐行為とサディズムとの結びつきを解くような主張を展開した。

 吾妻の主張する新しいサディズムとは、肉体的苦痛よりも精神的苦痛をより重視し、合意の上で快楽を持続的に営むものである。さらに彼は、犯罪的な単なる残虐行為をサディズムの領域から切り離そうとする。(河原 2015: 264)

こうした主張は『奇譚クラブ』読者の間で賛同者を獲得していき、現在のSMイメージにつながっていったとされている。