境界線の虹鱒

研究ノート、告知、その他

【文献メモ】他者化されたポルノ消費者について、およびポルノ受容者への調査

Alan McKee, 2017, "The pornography consumer as Other." Clarissa Smith, Feona Attwood and Brian McNair eds., The Routledge Companion to Media, Sex and Sexuality.

Research Gateで全文公開されている。

要約メモ

従来のポルノ消費者に関する研究は、「人々がポルノから悪影響を受けるかどうか」という心理学的な量的研究が主だった。しかしそこでは、ポルノ消費者の実際の声が取りこぼされてきた。これついてMcKeeは、サイードを引用しつつ、ポルノ消費者が「他者化」されてきたと指摘する。

思春期以前に性的表現を視聴する人は少ないが、思春期以降の多くのティーンエイジャーは何かしら性的表現を視聴したことがある。にもかかわらず、こうした多くの人々の声を聞き取ることなしに、ポルノの悪影響が強調されることがある。そうした「他者化」の例としてGail Dinesの“Pornland”を批判する。

さらにMcKee自身の経験として、キリスト教徒として思春期を過ごしていたとき、同性愛的空想でオナニーすることへの罪悪感に数年間苛まれ続けた、という実体験を提示。その経験になぞらえつつ、ポルノ視聴者を他者化する言説は彼らに自己嫌悪を吹き込むものだ、と批判する。

こうした他者化言説のことが、「戦略としての自己嫌悪の吹き込み」(the inculcation of self-loathing as strategy)と呼ばれる。

そういう話をしたうえで、近年ではポルノ消費者への質的調査がすこしずつ行われてきているとして、女性ポルノ消費者への聞き取り調査研究や、(学術研究ではないが)男性ポルノ消費者へのインタビュー本が紹介される。

※以上のメモは過去にツイートしたものの再掲である。

関連文献の雑メモ

日本におけるポルノ受容者の研究例として、以下のようなものが挙げられる。

赤川学,1996,「AVの社会史」上野千鶴子編『色と欲 <現代の世相 1>』小学館,167-190.

「私達の社会においてAVというメディアの形態が、性的な興奮や性欲をかきたて、あるいは鎮めるためのメディアとして突出した地位を占めるにいたった、その社会史的な背景」や「人々がAVに求めている欲望の質」(169頁)を検討している。前半は言説資料をもとにした社会史的整理だが、後半で2人の男子大学生に簡単なインタビューをしている。質問は以下の4つ:
・はじめてAVを観たのはいつ頃ですか?
・何に着目してAVを観ていますか、観ていて何が気になりますか?
・「AVでの性行為は現実の性行為のマニュアルになる」という考え方がありますが、どう思いますか?
・AVによって、自分は性的にどういう存在かを確認することはありますか。

守如子,2010,『女はポルノを読む――女性の性欲とフェミニズム』青弓社.

「女性向けポルノコミック」の作品分析に加えて、読者アンケートを分析することによって、読者の属性、雑誌に求めるもの、好きな作品と嫌いな作品など、読者の欲望や作品の読み方を分析している。時代的・社会的制約のなか、読者の声を拾い上げる調査を実施した、重要な研究である。

服部恵典,2020,「ポルノグラフィ消費者によるジェンダー化されたジャンルの視聴と解釈――女性向けアダルトビデオを視聴するファンに着目して」『年報カルチュラル・スタディーズ』8: 35-57.

女性向けAVを視聴するファンへのインタビュー調査から、「ジェンダー化されたポルノ・ジャンルの越境、再構築、無化」というファンの実践を明らかにした論文。

対象者の属性のほか、「週にどれくらい視聴するか」「観る際はどのメディアを使うか」「男性向けAVと女性向けAVのどこが好きでどこが嫌いか」などをインタビューで調査している。

松浦優,2020, 「『現実性愛中心主義』とマンガ表現規制――いわゆる『二次元コンプレックス』の視点から」『マンガ論争』23 

タイトルどおり、いわゆる「二次元」の性的表現を愛好しつつ、現実の他者への性的惹かれを経験しない人々に対してインタビュー調査をした拙論。掲載媒体の読者を考えて「マンガ表現規制」をタイトルに押し出しているが、どちらかというとセクシュアリティ研究の文脈の議論となっている。

ちなみに上記拙論で取り上げられなかったインタビューについては、以下の近刊で取り上げています(『マンガ論争』の論考は、むしろ以下の論文を補完するものと考えていただければと思います)。

松浦優,2021,「二次元の性的表現による「現実性愛」の相対化の可能性――現実の他者へ性的に惹かれない「オタク」「腐女子」の語りを事例として」『新社会学研究』(5): 116 - 136.

こちらもオンラインや書店などで販売されています。

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