境界線の虹鱒

学部3年生の頃(2017年)からやっているブログです。古い記事ほど情報が粗いのでご注意ください。

フィクトセクシュアルの論考・エッセイ集『Fictosexual Perspective 2024』の告知とちょっとした裏話

フィクトセクシュアル関連啓発団体 Fictosexual Perspective を今年(2024年2月に)立ち上げました。「啓発団体」と銘打っていますが、平たく言えば私の個人サークルです。

Twitter(X): https://x.com/FictPerspective

ブログ:https://fictosexual-perspective.hatenablog.com/

一番の目的は、フィクトセクシュアルの人々の経験や、関連する考察を、論文とは違う形でアーカイブすることです。

ということで、実際にフィクトセクシュアルの方々などにウェブ上で原稿募集を行って、集まった文章をまとめた同人誌『Fictosexual Perspective 2024』を制作しました(ちなみに来年も同じぐらいの時期に『2025』の原稿募集をする予定です)。

なかなか類書のない貴重な資料となっています。フィクトセクシュアルそのものだけでなく、たとえば「人々とフィクションとの関係」や「二次元とは何か」ということを考えるヒントにもなると思います。電子版をBOOTHで販売していますので、詳しい内容については下記のURLをチェックしてみてください。

……ここまでが告知です。以下ちょっとした余談や裏話をいくつかメモしておきます。

学術論文等でもご活用いただけます

ウェブ上で原稿募集をしたわけですが、その際に以下の留意事項を明記しました。

掲載された文章は、不特定多数の人に読まれたり、将来的に研究やメディア等で引用されたりする可能性があります。原則としてペンネームでの投稿をお願いします。(募集終了済み)同人誌『Fictosexual Perspective』の原稿を募集いたします - Fセク関連情報サイト:フィクトセクシュアルの視座から

実際に何名かの寄稿者から、「今後の研究に役立ててほしい」という趣旨のメッセージをいただいています。フィクトセクシュアルに関する一次資料のひとつとして、学術研究等でも参照していただけますと幸いです。

研究者が参照する一次資料として

本誌を制作するときに私が薄っすら意識していたのは、ROS編『トランスがわかりません!!』や『恋愛のフツーがわかりません!!』でした。セクマイコミュニティが制作した本として、コミュニティの歴史を文書資料からたどるタイプの研究でも参照されますが、たとえば藤高和輝さんの本や古怒田望人さんの論文のように、当事者の経験を哲学的に掘り下げる際の資料としても参照されています。

そういう感じで使えるものを作りたいなぁ、というのが本誌を作る動機のひとつでした。フィクトセクシュアルに関する議論は、表面的なイメージや一部の注目されやすい当事者に偏りがちなのが現状ですので、多様な当事者の姿を示す資料として本誌が役に立てばと思います。

こういう資料はブログ等でもいいと言えばそうなんですが、やはりウェブ記事はいつの間にか消えてしまうことが多く、アーカイブとして弱いところがあります。だから紙の本で残して、ちゃんと国立国会図書館に納本して、今後の研究者にも参照しやすくしておこうと思ったというのもあります。

インタビュー調査で論文書くの難しいよね……

私はいちおう社会学の分野で論文を書いていて、しかもインタビューにもとづく質的研究をひとつの軸にしているのですが、正直インタビュー調査で論文を書くのがあまり得意ではありません。インフォーマントの方の貴重なお時間をいただいて、本当にいろいろ重要なお話を聞かせていただいたのに、私の実力だと論文に盛り込めるのはたったこれだけ……?という気持ちになるのがほとんどです(なので文献を読むだけで手軽に書けるタイプの論文に逃げてしまいがちなんですよね……)。

もちろん私が調査の論文を書くのが苦手だということもあるのですが、同時に学術論文というフォーマットによる制約も大きいように感じています。分かりやすいのは文字数制限ですが、学術的な(あるいは「社会学的な」)問題設定にしなければならないことによる制約もやはりあります(論文書くのが上手かったら話は変わるのかもしれないんですけど……)。

そんなわけで、もう当事者に直接書いてもらったほうが早いし良質なんじゃないの??という気持ちになってくるわけです。そしてぶっちゃけ言えば、これが本誌を作る一番のモチベーションです。研究できる人になりたい……。

文フリ東京で頒布したら1時間半で完売した件

文フリ東京当日のツイートです↓

最初の1時間はお手伝いの方に店番を任せていたのですが、戻ってきたら残部5冊になってました(マジでびっくりした)。だいぶ部数を見誤った感じなので、来年『2025』を頒布するときは、もうすこし部数を考えようと思います。あと卓上ポスタースタンドを買いそびれたので、来年には用意しておきます。

【被引用リスト】私の論文を読んだ人はこんな論文を書いています

マンガ『ぼっち・ざ・ろっく』の1コマ。怪獣の着ぐるみを来たぼっちちゃんが承認欲求モンスターになって「いいね」を要求している。

……それはさておき、拙論を参照してもらえるととても嬉しいので、見つけた範囲のものをリストにしました。見落としがあれば教えてください(読みます)。

(※最終更新日:2024年9月18日)

アセクシュアル研究におけるセクシュアルノーマティヴィティ(Sexualnormativity)概念の理論的意義と日本社会への適用可能性 (『西日本社会学会年報』)【全文公開】

綾部六郎,2022,「日本国憲法をめぐる現代的課題――性的マイノリティの問題を中心に 」『ジェンダー研究』(24): 129-141.(※右リンク先で全文公開されています: https://libra.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/09/gstudy24-2.pdf

三宅大二郎・平森大規,2023,「日本のアロマンティック/アセクシュアル・スペクトラムにおける恋愛的指向の多面性」『Gender and Sexuality』18: 1-25.

佐川魅恵,2023,「「性的な存在」の関係論的形成――恋愛/性愛における違和の経験に着目して」『Gender and Sexuality』18: 27-50.

井村麗奈,2024,「Aro/Ace 作品の表象と受容につきまとう困難と可能性――日本の状況と照らして」『文化交流研究』19: 1-19.

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

メランコリー的ジェンダーと強制的性愛:アセクシュアルの『抹消』に関する理論的考察(『Gender & Sexuality』)【全文公開】

江永泉・木澤佐登志・ひでシス・役所暁,2021,『闇の自己啓発』早川書房

松尾由希子,2021,「Aセクシュアルの大学生が捉える自己と将来への展望――インタビュー調査を通じて」『静岡大学教育研究』17: 37-52.

三宅大二郎・平森大規,2021,「日本におけるアロマンティック/アセクシュアル・スペクトラムの人口学的多様性――「Aro/Ace調査2020」の分析結果から」『人口問題研究』77 (2): 206-232.

川崎唯史,2022,『メルロ=ポンティの倫理学――誕生・自由・責任』ナカニシヤ出版.

古怒田望人,2022,「『抹消された快楽』において抹消されるトランスの快楽」『Limitrophe』1: 18-25.

鈴木菜実子,2022,「アセクシュアルに関する精神分析的理解について」『駒澤大學文學部研究紀要』79: 65-75.

「現実性愛中心主義」とマンガ表現規制:いわゆる「二次元コンプレックス」の視点から(『マンガ論争』)【販売サイト】

伊藤剛,2022,「生きてしまうキャラ」鈴木雅雄・中田健太郎編『マンガメディア文化論——フレームを越えて生きる方法』水声社,415-451.

児童ポルノ規制」としてのマンガ表現規制におけるセクシュアリティの政治――「対人性愛中心主義」という観点から(『人間科学共生社会学』)*1

上田正基,2023,「わいせつ規制をめぐる諸課題」『刑事法ジャーナル』(75): 12-17.

二次元の性的表現による「現実性愛」の相対化の可能性:現実の他者へ性的に惹かれない「オタク」「腐女子」の語りを事例として(『新社会学研究』)【出版社サイト】

上田正基,2022,「わいせつ規制をめぐる諸課題」『刑事法ジャーナル』(75): 12-17.

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

アセクシュアル/アロマンティックな多重見当識=複数的指向(『現代思想』)【出版社サイト】

筒井晴香,2022,「「推す」ことの倫理を考えるために」香月孝史・上岡磨奈・中村香住編『アイドルについて葛藤しながら考えてみた――ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』青弓社,46-71.

山田昌弘,2022,「ペットの家族化の進展とその帰結――ネットモニター調査による考察」『社会科学研究所年報』(27): 3-21.

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

日常生活の自明性によるクレイム申し立ての「予めの排除/抹消」:「性的指向」概念に適合しないセクシュアリティの語られ方に注目して(『現代の社会病理』)【全文公開】

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

メタファーとしての美少女――アニメーション的な誤配によるジェンダー・トラブル(『現代思想』)【出版社サイト】

難波優輝,2023,「長谷川白紙と多受肉するペルソナたち――声と身体をめぐる新たな表現ジャンル「多受肉する歌い手」の誕生––––ARuFa、月ノ美兎、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。、Ado、いよわ––––について」『ユリイカ』814(55-17): 140-151.

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

黃思齊,2024,〈二次元的媒介性質—論日本ASMR 音聲的角色建構〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,146-168.

関根麻里恵,2024,「メタVTuberコンテンツの表象文化研究──「匿名性」「有名性」「声」「ジェンダー」から考える」岡本健・山野弘樹・吉川慧編,『VTuber学』岩波書店,179-195.

アニメーション的な誤配としての多重見当識――非対人性愛的な「二次元」へのセクシュアリティに関する理論的考察(『ジェンダー研究』)【全文公開】

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

黃思齊,2024,〈二次元的媒介性質—論日本ASMR 音聲的角色建構〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,146-168.

高橋幸,2024,「ジェンダーとセクシュアリティ」松本康監修・小池靖・貞包英之編『社会学の基礎』有斐閣,131-145.

池山草馬,2024,「重なり合うアバターたち──VRChatにおけるアバター/ユーザー関係の諸相」岡本健・山野弘樹・吉川慧編,『VTuber学』岩波書店,223-244.

対人性愛中心主義批判の射程に関する検討――フェミニズムクィアスタディーズにおける対物性愛研究を踏まえて(『人間科学共生社会学』) 【全文公開】

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

グローバルなリスク社会における倫理的普遍化による抹消――二次元の創作物を「児童ポルノ」とみなす非難における対人性愛中心主義を事例に(『社会分析』)【全文公開】

上田正基,2024,「ディープフェイクと刑事法」『神奈川法学』56(3): 71-91.

抹消の現象学的社会学――類型化されないことをともなう周縁化について(『社会学評論』)【全文公開】

吉川孝,2023,『ブルーフィルムの哲学――「見てはいけない映画」を見る』NHK出版.

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱、李衣雲編,169-210.

フィクトセクシュアルから考えるジェンダーセクシュアリティの政治(「從紙性戀思考性與性別的政治」講演原稿)【全文公開】

廖希文,2024,〈紙性戀處境及其悖論:情動、想像、賦生關係〉《故事與另外的世界:台灣ACG研究學會年會論文集1》劉定綱・李衣雲編,169-210.

Ristè, C. V. (2024). With(out) love from Japan: An analysis of the asexual spectrum in Shirono Honami’s I want to be the wall and Isaki Uta’s Is Love the Answer?. DIVE-IN – An International Journal on Diversity and Inclusion, 4(1), 153–176. 

雰囲気としての強制的(異)性愛――アセクシュアルを理解可能にするための現象学(『フェミニスト現象学』)【出版社サイト】

佐川魅恵,2024,「親密さの境界を問い直す――アセクシュアルとノンバイナリーからみる「恋愛/友情」の(不)可能性」『現代思想』52(9): 78-86.

その他

以上は論文や書籍で参照していただいたものでしたが、学会報告や講演などの資料で拙論に言及していただいていたものを列挙しておきます。

佐々木隆,2022,「オタク書誌増補(抄)」『ポップカルチャー・若者文化研究』8.

・Reina Saijo, 2023, "Attachment to Artifact: What a Feminist View of Female-Gendered Robot Makes Invisible," SPT (Society for Philosophy and Technology) 2023. https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/236124/0ece501d0a95063cbc2ed2a8a0d344d8?frame_id=688885

・Reina Saijo, 2023, "On Possible Interpretations of Female Robots from an Intersectional Feminist View,"  Taiwan STS Association Annual Conference 2023. https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/236124/5fbb24c36536191c02af9acf6a840549?frame_id=688885

・西條玲奈,2024,「人工物のジェンダー化と脱ジェンダー化」日本大学文理学部第19 回哲学ワークショップ「性と身体の美をめぐって:おしゃれ・人工物・ゾンビ」.https://researchmap.jp/reinasaijo/presentations/45755847

・梁展章, 2023, "Becoming-fictosexual: Romantic relationship and attachment to fictional characters from the posthumanist perspective," 臺灣社會學會年會.  https://www.tsameetings.org.tw/page.php?menu_id=79&new_id=375

・廖希文,「賦生親屬,非人成家:從東亞前現代異類婚姻到當代紙性戀婚禮(發表簡報)」臺灣人類學與民族學學會2023年會(2023年9月24日),台北市,台灣.https://www.facebook.com/ficto.sex.tw/posts/pfbid0JvDSkSHmgmuqHEJo1yiZNzkufoFodxG4FMznmCNw1gWWBdH7Kw2sU15ECrcUqr1Kl

・廖希文,2023,「非對人性戀的多重定向:酷兒閱讀《戰鬥美少女的精神分析》」. https://www.researchgate.net/publication/382532498_feiduirenxingliandeduozhongdingxiangkueryueduzhandoumeishaonudejingshenfenxiMultiple_Orientations_of_Non-Human-Oriented_Sexualities_Queer_Reading_Beautiful_Fighting_Girl

*1:この論文はウェブ公開していないが、この論文をアップデートしたものとして、以下の論文を執筆している。
グローバルなリスク社会における倫理的普遍化による抹消――二次元の創作物を「児童ポルノ」とみなす非難における対人性愛中心主義を事例に(『社会分析』)
https://researchmap.jp/mtwrmtwr/published_papers/41326940

フィクトセクシュアルについて卒論・修論を書きたい人向け文献案内

フィクトセクシュアルやフィクトロマンティック、あるいは架空のキャラクターとの性愛や恋愛について研究したいという方のために、いくつか文献を紹介したいと思います*1。ひとまずこの辺りの文献を読んでみて、そこで参照されている先行研究を芋づる式に辿っていく、という形でご活用ください*2

フィクトセクシュアルについての研究

まずは一般向けの概説論考を挙げておきます。

松浦 優 (Yuu Matsuura) - フィクトセクシュアルから考えるジェンダー/セクシュアリティの政治 - 講演・口頭発表等 - researchmap

いきなり拙論で恐縮ですが、今のところはこれが一番まとまっているのではないかと思います。講演原稿ですので論文よりも読みやすいと思います。最初に読んでみてください。文献リストも付いています。

廖希文・松浦優,2024,「増補 フィクトセクシュアル宣言――台湾における〈アニメーション〉のクィア政治」『人間科学共生社会学』(13): 1-37.

理論的な概説に加えて、アクティヴィズムの動向や海外での調査についても触れています。廖さんは台湾のフィクトセクシュアル研究者・アクティヴィストです(廖さんの論文はhttps://www.researchgate.net/profile/Kifumi-Liaoでウェブ公開されています)。

直接的にフィクトセクシュアルを扱っている学術文献としては、以下のものが挙げられます。

●松浦優,2024,「2 次元キャラクターへの恋愛──フィクトセクシュアル/フィクトロマンティックと対人性愛中心主義」高橋幸・永田夏来編『恋愛社会学――多様化する親密な関係に接近する』カニシヤ出版,155-171.

社会学的な恋愛研究の入門書に掲載されている論考です。あまり踏み込んだ分析はしていませんが、基本的な論点をいくつか整理しています。フィクトセクシュアルやフィクトロマンティックについて研究するうえでの出発点になるかもしれません。(2024年10月18日追記)

●松浦優,2024,「コンテンツや場所を介して立ち上がる対人性愛中心主義批判――二次元の性的創作物への法規制に対する抵抗運動に注目して」永田大輔・松永伸太朗・杉山怜美編『アニメと場所の社会学――文化産業における共通文化の可能性』カニシヤ出版,227-241.

二次元の性的創作物を「児童ポルノ」とみなす法規制や倫理的非難が、フィクトセクシュアルや二次元性愛の存在を抹消しているという問題について、インタビュー調査をもとに論じています。

松浦優,2021,「日常生活の自明性によるクレイム申し立ての「予めの排除/抹消」――「性的指向」概念に適合しないセクシュアリティの語られ方に注目して」『現代の社会病理』36: 67-83.

日本語圏のSNSにおける「フィクトセクシュアル」の語られ方を調査した論文です。予備的な調査ですが、当事者の語りや、フィクトセクシュアルに対する偏見や周縁化の事例を扱っています。

●松浦優,2021,「二次元の性的表現による「現実性愛」の相対化の可能性――現実の他者へ性的に惹かれない「オタク」「腐女子」の語りを事例として」『新社会学研究 2020年 第5号新曜社

タイトルどおりのインタビュー調査をしています*3

調査の注意点

分野によっては、アンケートやインタビューなどの調査を行う人もいるかと思います。調査法については分野ごとに色々あると思いますので、指導教員と相談しながら行ってください。

ただし、性的マイノリティに関わる調査ですので、調査倫理の問題がとりわけ重要になってきます。一般的な調査法の教科書などに加えて、ぜひ以下の資料に目を通しておいてください。

クィア領域における調査研究にまつわる倫理や手続きを考える:フィールドワーク経験にもとづくガイドライン試案

あわせて、石田仁,2019,『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』ナツメ社.に載っている「LGBTについて調査・研究するとき」という章もぜひ読んでおきましょう。

関連領域をおさえておく

フィクトセクシュアルに関してはドンピシャな研究は少ない状況です。とはいえ、フィクトセクシュアルについて直接的に扱っていない研究でも、うまく他の研究と組み合わせれば、有益な示唆を引き出せることもあります。研究内容がドンピシャでなくとも、論文の形式や調査方法、議論に使う語彙や理論など、アイデアや方法論の面で参考になる場合があるはずです。あるいは逆に批判対象として上手く位置づけることもできるかもしれません。いずれしても、関連しそうな領域を広めに勉強しておくのがよいと思います。

一例ですが、恋愛研究、セクシュアリティ研究、オタク論、ファン研究、メディア論、非‐人間との関係に関する研究、フィクション論などの領域が考えられます。入門・概説的な書籍や論考を中心に、参考になりそうなものをいくつか挙げておきます。自分の専門領域に応じて、役立ちそうなものをご活用ください。

恋愛研究

高橋幸・永田夏来編,2024,『恋愛社会学――多様化する親密な関係に接近する』ナカニシヤ出版.

日本の社会学における恋愛研究がまとまっています。関連文献として『現代思想2021年9月号 特集=〈恋愛〉の現在』もあります。(2024年10月18日追記)

セクシュアリティ研究

風間孝・ 河口和也・ 守如子・ 赤枝香奈子,2018,『教養のためのセクシュアリティ・スタディーズ』法律文化社.

これを一読しておくと、セクシュアリティ研究の主流的な議論の概要がある程度おさえられると思います。

クィア理論

理論や哲学の文献も押さえておくといいでしょう。上で挙げた『教養のためのセクシュアリティ・スタディーズ』にもクィア理論の解説はありますが、下の読書案内で挙げている文献も読んでみるといいと思います。

オタク論やファン研究

松浦優,2022,「アニメーション的な誤配としての多重見当識――非対人性愛的な「二次元」へのセクシュアリティに関する理論的考察」『ジェンダー研究』(25): 139-157.

オタク論におけるセクシュアリティの議論については、手前味噌で恐縮ですがこちらの拙論の140~143ページで多少まとめています(決して網羅的ではありませんが……)。批判している先行研究についても、別の側面では読むに値する議論が含まれていますので、ちょっとした文献リストとして参考程度に見ていただければ幸いです。

『ユリイカ2020年9月号 特集=女オタクの現在』

上の「アニメーション」論文で押さえられていない動向として、このあたりもチェックしておいてください。

永田大輔・松永伸太朗編,2020,『アニメの社会学――アニメファンとアニメ制作者たちの文化産業論』ナカニシヤ出版.

ファン研究については、この本のPart 1「アニメファンのさまざまな実践」の各論考がオススメです。社会学的な分析方法を学ぶという意味でも参考になるはずです。あわせて『アニメと場所の社会学』もオススメです。

メディア論

ポール・ホドキンソン(土屋武久訳),2016,『メディア文化研究への招待――多声性を読み解く理論と視点』ミネルヴァ書房.

門林岳史・増田展大編,2021,『クリティカル・ワード メディア論――理論と歴史から〈いま〉が学べる』フィルムアート社.

メディアコンテンツという側面も議論に関わってくるかもしれませんので、メディア論にも目配せしておきましょう。概説的な教科書は色々ありますが、個人的なオススメとして2冊挙げておきます。

ちなみに個別のトピックについては、ナカニシヤ出版から出ている「シリーズ:メディアの未来」の目次をざっと眺めてみると参考になると思います。シリーズ全体の冊数は多いですが、ひとつひとつの論考は読みやすくコンパクトにまとまっています。すべて通読する必要はありませんので、出版社のウェブページで目次を眺めながら、気になった論考を読んでみてください。

非‐人間との関係に関する研究(人類学など)

前川啓治・箭内匡ほか,2018,『21世紀の文化人類学――世界の新しい捉え方』新曜社.

人間と非‐人間との関係については、近年の人類学で活発に議論されています*4。この本のとくに第1部が、そうした潮流の概説になっていますので、一読をおすすめします。理論面で参考になるかもしれません。

奥野克巳・石倉敏明編,2018,『Lexicon 現代人類学』以文社.

こちらも現代人類学の入門書です。コンパクトなキーワード集ですので、手に取りやすいと思います。目次を見て気になった項目を読んでみてください。

菊地浩平,2018,『人形メディア学講義』河出書房新社.

『ユリイカ2021年1月号 特集=ぬいぐるみの世界』

人形やぬいぐるみに関する研究も参考になるかもしれません。

関根麻里恵,2018,「ラブドール研究試論」『身体表象:学習院大学身体表象文化学会会誌』(1): 64-72.

松浦優,2023,「対人性愛中心主義批判の射程に関する検討――フェミニズム・クィアスタディーズにおける対物性愛研究を踏まえて」『人間科学共生社会学』12: 21-38.

ウェブ上で無料で読める論文も挙げておきます。それぞれラブドールと対物性愛の研究です。

松浦優,2024,「どこにクリエイトがあるのか――音楽のようなキャラクターの〈いのち〉(アニマシー)」『ユリイカ(2024年10月号 特集=いよわ)』56(12): 118-126.

キャラクターという存在を捉えるための理論を素描しています。試論的なものですが参考になるかもしれません。

フィクション論(哲学・美学)

倉田剛,2019,『日常世界を哲学する――存在論からのアプローチ』光文社

そもそも架空のキャラクターとはどのような存在なのか、分析哲学*5での議論が紹介されています。マンガ研究系のキャラ/キャラクター論とあわせて読むと面白いと思います。

源河亨,2021,『感情の哲学入門講義』慶應義塾大学出版会.

私たちがフィクションに対して抱く感情はどういうものなのか、という議論の紹介があります。私たちとフィクション(ないしフィクショナルキャラクター)との関係を考えるうえで示唆を得られるかもしれません。

高橋幸平・久保昭博・日高佳紀編,2022,『小説のフィクショナリティ――理論で読み直す日本の文学』ひつじ書房.

文学研究の論集ですが、第1部でフィクション論一般について議論しているほか、巻末の「読書案内——フィクション論 主要文献」がとても便利です。ちなみに、この本以外にもフィクション論の論集は色々ありますので、図書館などで探してみるといいと思います。

●その他美学

こちらの分析美学の文献リストも参考になるかもしれません。

その他

このほか、主にオタク論やメディア論などの領域では、架空のキャラクターとの恋愛を「疑似」恋愛とみなすタイプの議論があるかと思います。研究をする上では、そうした先行研究も目を通しておくと、(場合によっては批判対象として)役に立つかもしれません。一例として、『デジタルメディアの社会学』のなかの「ゲームはどこまで恋愛できるか」という章を挙げておきます。

ついでに、バーチャルな関係性を現実の恋愛の「代替」や「補完」とみなす研究の例として、山田昌弘「恋愛・結婚の衰退とバーチャル関係の興隆」も挙げておきます。批判的に読むべき側面もあるかと思いますが、先行する調査の事例として参考になるかもしれません。

論文の書き方について

最後に、論文の書き方についての本を紹介しておきます。この手の本は色々ありますが、実用的でオススメなのは以下の2冊です。

戸田山和久,2022,『最新版 論文の教室――レポートから卒論まで』NHK出版

論文ハウツー本といえば、まずはこれ。論理的な文章を書くコツを、基礎から分かりやすく説明しています。卒論以前のレポートのレベルから対応していますので、とくにレポートを書くのが苦手な人は必読です。

上野千鶴子,2018,『情報生産者になる』筑摩書房

戸田山本よりもハイレベルな、卒論や修論(あるいはそれ以降の研究)に役立つノウハウが詰まった新書です。文章執筆術だけでなく、研究計画や理論の使い方、分析、発表など、論文を作るプロセスを体系的に解説してあるほか、いわゆる当事者研究*6のための研究計画に関するアドバイスがあるのも特徴です*7。それなりに高度な内容ですが、とくに大学院進学を考えている方にオススメです*8

関連リンク

注釈

*1:筆者の専門分野の関係上、社会学クィアスタディーズにやや偏っています。

*2:あくまで研究のとっかかりになりそうな文献をいくつかピックアップしたものであり、決して網羅的なものではありませんので、ご了承ください。

*3:ちなみに私の修士論文の一部です。

*4:人類学ではこうした潮流を「存在論的転回」と呼ぶことがあるのですが、そこで言う「存在論」は、後述する哲学における存在論とは別物です。ただし近年では両者を架橋する試みもあるようです。Back by popular demand, ontology: Productive tensions between anthropological and philosophical approaches to ontology 日本語での紹介は難波優輝さんの連続ツイートを参照

*5:大雑把に言うと、西洋哲学にはドイツ・フランス系の「大陸哲学」とイギリス・アメリカ系の「分析哲学」という、スタイルの違う流派があります。

*6:ここでは広く当事者自身が自らの属性や問題について研究することを指しています。

*7:ただ、当事者研究の計画書に関する箇所(p.99-101)で、研究者自身の個人的な動機や立場性を明かさなければならないかのように説明している(ようにも読める)点は、やや注意が必要だと感じます。もちろん個人的な動機は重要でしょうし、立場性を意識するのも必須です。ただ、それをオープンにしなければならないとしてしまうと、とりわけカミングアウトしていないマイノリティに対して暴力的な事態になりかねません。自らの動機や立場性を熟慮することと、それを明かすかどうかは、分けて考えておくのがよいと思います。

*8:余談:上野千鶴子は性的マイノリティに関して問題含みな発言をしてきた人なのですが、とはいえ傑出した研究者ではあり、良くも悪くもパイオニア的存在だと個人的には思っています。『情報生産者になる』も示唆に富む本ですので、上手く活用するのがよいと思います。

英語圏における「美少女アニメのせいでトランスジェンダーになる」言説の事例メモ

『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(原題: Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters)をめぐって、英語圏では保守派からのLGBT批判のなかでアニメも批判されている、というトピックが話題になった。

『あの子もトランスジェンダーになった』のなかのアニメに関する言及については、すでに以下の記事などでまとめられている。

これを踏まえつつ、トランスフォビアとアニメ批判を結びつける英語圏の言説がどういうものなのか、当該書籍以外の事例をメモしておく。

『あの子もトランスジェンダーになった』における「anime」への言及

本題に入る前に、当該書籍で「anime」がどう語られているかを確認しておこう。原著の索引を見ると、この本のなかで「anime」が2か所で言及されていることが分かる(ちなみにmangaへの言及はなかった)。言及されている段落を引用しておく。

Her mothers were a little unnerved by the extent to which Julie seemed to revere her new friend. After school, Julie would often meet up with Lauren, who introduced her to anime, computer-animated images of anthropomorphized creatures. “I had no idea it was tied into this whole trans culture,” Shirley said to me. Online, Julie began to visit DeviantArt, an art-sharing website with a large transgender following and a lot of gender ideology in its comments section. (p. 9)

自分の子どもが友人経由でアニメにハマってDeviantArt(イラストや写真や小説などを投稿できるサイト)に行きついたんだけど、DeviantArtが「ジェンダーイデオロギー」まみれのサイトだった、みたいな話が書いてある。

The mothers had worked so hard to meet their daughters where they were—to share their fads and enthusiasms, from emo to anime. They embraced their daughters’ announcements of allegiance to atheism, communism, and their epiphanies about being gay. They needed their daughters to be happy and successful—and maybe, looking back, they needed this too much. (p. 88)

子どもがトランスジェンダーになってしまったのは、親が子どものしたいようにさせすぎたせいだろうか、みたいな話が書いてあり、無神論共産主義とならんでアニメが挙げられている。

こうした箇所から、トランスジェンダーになる要因としてアニメが挙げられているらしいとは分かるのだが、この記述だけでは「アニメのせいでトランスジェンダーになる」という主張の詳細はつかみづらい。

「オートガイネフィリア理論」と美少女アニメを紐づける言説

ということでもっと詳細が分かる事例はないか探してみたところ、「抑圧されたシス男性が美少女アニメに触れ、オートガイネフィリアに目覚めることによって、トランス女性になるのだ」という感じの言説があった。この主張に言及しているのが、かの悪名高いレイ・ブランチャードである(ちなみにブランチャードは『あの子もトランスジェンダーになった』原著に推薦文を寄せている)。

言及されている記事は削除されているが、以下のアーカイブから読める。

色々と問題点のある記事で、たとえばジェンダー規範(「女性らしさ/男性らしさ」)の論点とジェンダーアイデンティティの論点を混同し、後者の論点を否定しているという問題が挙げられる(この問題については周司あきら・高井 ゆと里『トランスジェンダー入門』(とくに34頁~39頁)を読んでほしい)。

また、トランス女性をオートガイネフィリアとみなす理論(ブランチャードが提起したものである)は、経験的調査から否定されているのだが、トランスジェンダーの存在を否定する立場の人々がいまだに持ち出してくるものである。オートガイネフィリア理論をめぐる議論の解説として、以下のジュリア・セラーノの記事を挙げておく。この記事では、ブランチャードがアニメに言及しているツイートも取り上げられているため、トランスジェンダー差別とアニメ批判の関係について論じる際にはこの記事を参照するとよいかもしれない。

ちなみに余談だが、ブランチャードはアニメアイコンの人とプロフィールに代名詞を書いている人をブロックしているらしい。

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【全文公開】フィクトセクシュアルから考えるジェンダー/セクシュアリティの政治【講演原稿】

2023年8月23日に、台湾のイベントで講演をしました。フェミニズムクィアの文脈でフィクトセクシュアルを主題にしたイベントは、おそらく世界初ではないかなと思います。

𝟠/𝟚𝟛 三/水/𝕎𝕖𝕕 【從紙性戀思考性與性別的政治フィクトセクシュアルから考えるジェンダー/セクシュアリティの政治 The Politics of Gender and Sexuality from a Fictosexual Perspective】  ◆ 主講   ◇   松浦優Matsuura Yuu/紙性戀研究者,九州大學博士後期課程 〔**海外連線**〕  ◆ 與談   ◇   廖希文SH Liao/紙性戀研究者,臺大御宅研究讀書會  ◆ 口譯   ◇   小松俊/清華大學社會學研究所碩士班    ◆ 時間   ◇  𝟖/𝟐𝟑 (三/水) 𝐂𝐒𝐓𝟏𝟗:𝟎𝟎-𝟐𝟐:𝟎𝟎 / 𝐉𝐒𝐓𝟐𝟎:𝟎𝟎-𝟐𝟑:𝟎𝟎   ◆ 地點   ◇   ① 女書店  fembooks publishing house & bookstore(台北市大安區新生南路三段56巷7號2樓) ② Google Meet視訊系統

𝟠/𝟚𝟛 三/水/𝕎𝕖𝕕【從紙性戀思考性與性別的政治フィクトセクシュアルから考えるジェンダー/セクシュアリティの政治 The Politics of Gender and Sexuality from a Fictosexual Perspective】 - 最新活動 - 女書店

講演内容としては、フィクトセクシュアルについて、とりわけ私が行ってきた二次元性愛の研究を紹介しつつ、そこからフェミニズムクィアの運動や研究にどのような示唆をもたしうるか、というお話です。また、そもそも「二次元」とは何かという問題や、フィクトセクシュアルの周縁化の事例についても説明しました。

講演の読み上げ原稿の全文(約16000字+文献リスト)と注釈(約7500字)をつけた資料を公開します*1下記のResearchmapから全文PDFをダウンロードできます。やや理論的な話も含まれていますが、私の研究についての(現時点で)もっとも分かりやすい解説になっていると思いますので、ご活用いただければ幸いです。

また、講演資料の繁体中文訳版も後日公開される予定です。

目次は以下のとおりです:

1 はじめに
2 二次元をめぐる欲望や実践
3 二次元性愛の存在を説明するためのクィア理論
4 周縁化の事例
5 対人性愛中心主義を説明するためのクィア理論
6 連帯に向けて

引用例
松浦優,2023,「フィクトセクシュアルから考えるジェンダーセクシュアリティの政治」,公開講座「從紙性戀思考性與性別的政治」日本語版講演資料,https://researchmap.jp/mtwrmtwr/presentations/42871322

*1:当初は発表形式を勘違いしていて、4万字弱の原稿を書いていましたが、超過分は削ったり注に押し込んだりしました。

使っているSNSアカウント一覧

Twitter: @wrmtw (https://twitter.com/wrmtw)

使用歴が一番長いです。

Facebook: https://www.facebook.com/y.wrmt

あまり更新していませんが、たまに告知などをしています。

Mastodon: @wrmtw@mstdn.jp (https://mstdn.jp/@wrmtw)

作りたて。様子を見ながら使い方を考えようと思います。

【論文掲載】対物性愛研究の紹介および非対人性愛研究の方向性についての予備的考察

学内の紀要に論文を寄稿しました。

フェミニズムクィアの観点での対物性愛研究をいくつか紹介したうえで、私のこれまでの研究と関連づけながら、非対人性愛について議論する際の方向性を検討する論文です。

二次元キャラクターをめぐる議論のほか、ロボットやAIとの性愛にも関わる内容だと思います。査読なしの紀要論文で、雑多な中間考察ですが、参考程度にご笑覧いただければ幸いです。

校正段階のPDFを下記リンク先で公開しています。正式に刊行された際にはあらためて告知します。

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