境界線の虹鱒

セクシュアリティ徒然草(情報の正確さは保証いたしませんので自己責任でご活用ください)

【文献紹介】A. W. イートン「賢明な反ポルノフェミニズム」後編

前回の記事の続きです。

前編では、「そもそもなぜポルノが問題なのか」「ポルノは具体的にどのような害をもたらしうるのか」を議論した。後編では、そうした有害仮説について、実証面での議論を進めていく。なお論文中で言及される先行研究については、原文にてご確認ください。*1

3. 原因モデルを評価する

「ポルノグラフィが性差別や性暴力の「原因である(cause)」と主張するとき、「原因である」とはどのような意味だろうか? Eatonは以下のような定義を採用する。

(i) xがyより早く起こり、(ii) xが起きた場合にyが起こる蓋然性が、xが起きなかった場合にyが起きる蓋然性よりも高い場合にのみ、xがyの原因である。(p.696)

この定義を踏まえて、以下ではポルノ批判に対する反論として挙げられる実証研究について検討する。ポルノを擁護する立場から提起される研究は、1) ポルノ規制の緩さと性犯罪率やジェンダー平等の関係を国別比較したものか、2) ある国のポルノ規制法が変化する前後で性犯罪率やジェンダー平等がどう変わったかを比較したものである。こうした研究に対する疑問点は、

・国ごとに性犯罪の構成要件が違うので、単純には比較できない
・規制がむしろ欲望を煽るため、ポルノ規制が強まったからといってポルノ流通が減るとはかぎらない*2
・実際のレイプ件数ではなく統計データを用いているため、暗数がわからない
生態学的誤謬*3

といったことが挙げられる。それゆえポルノ批判への反論が証明されたと言うことはできない

それでも、以上の4つの疑問点が解消されたと仮定したうえで、ポルノ批判へ反論する論理を検討してみよう。上記の実証研究が正しいとしたうえで、反論側は次のように主張する。

ジェンダー不平等と性暴力犯罪は、ポルノ以外の要因によって生じる
・ポルノを100パーセント確実な害の原因とみなすのは不合理である
・ポルノユーザーへの影響は文脈依存的だ

これに対してEatonは次のような反論をする。

まず、上記の実証研究では性暴力という害しか考察しておらず、それ以外のさまざまな害に対する反論として不十分である*4

次に、反ポルノフェミニズムは、ポルノがレイプを必ず引き起こすとは主張していない。ポルノがレイプを引き起こす場合もあれば、レイプが流行していてもポルノは流通していないという場合もありうる。上記の研究はこの点を無視している。

また、ポルノの影響は他の要因によって打ち消されるかもしれないが、それはポルノが悪影響を及ぼすものであることを否定するものではない。このことを説明するためにEatonは喫煙と健康被害のアナロジーを用いる。たとえば喫煙は肺がんのリスクを高めるものだが、それ以外の要因で肺がんになることも多々ある。それでも喫煙が肺がんリスクであることに変わりはない。

賢明な反ポルノフェミニズム、ポルノが単独でレイプやジェンダー不平等の責任を負うとは主張しない。そうではなく、ポルノに曝されることはジェンダー不平等の顕著なリスク要因であるという仮説を採用するのである。このように、複数あるジェンダー不平等の原因のうち、1つの顕著な要因であるとする考え方は、現代の科学的な思考に沿っているだけでなく、不法行為法の慣習にも適合する。

4. 原因の探求

前節ではポルノ有害説に反論する研究を批判してきた。本節ではポルノが原因であると主張するためにどうすればよいかを考察する。ここでも喫煙と健康リスクの関係が参照される。たとえばタバコを一本吸っただけで必ず肺がんになるわけではないが、繰り返し喫煙を続けると肺がんになる確率が高まる。また肺がんのリスク要因は喫煙以外にもあるが、それでも現代の科学は喫煙が肺がんリスクの1つであることを証明できている。それゆえEatonは、フェミニストも疫学と同様の方針をとれないだろうかと考える。それを踏まえて、従来の反ポルノグラフィ的な研究はどのように評価できるだろうか。

ポルノグラフィ批判の妥当性を立証しようとして、これまでにもいくつかの研究がなされていた。そのうちの1つに、ポルノグラフィと性暴力との関係についての研究がある。そうした研究の例として、ポルノグラフィの流通量と性暴力の報告件数との間に相関関係があると結論づけた調査が挙げられる。こうした研究は示唆的ではあるものの、やはりポルノ批判へ反論する立場の研究と同様の批判が向けられる。まず制度上のポルノ規制と統計上のレイプ件数は、実際のポルノ流通量と実際のレイプ件数を表しているとはかぎらない。また、疫学研究のようにはポルノグラフィと性犯罪との関係を証明できていない。さらに言えば、性暴力以外の、より些細な害については調査されていない。こうした点で、ポルノと性暴力との相関関係を調査した研究は不十分であると言える。「有害仮説を仮説以上のものにするためには、より注意深い疫学的研究が必要だ」とEatonは述べている(p.706)

なお疫学的な実証を目指した研究も、不十分ながら実施されている。そうした研究は、(a) どれだけポルノグラフィを視聴したかによって、性的な文脈と性的でない文脈の両方において、性差別的な心理の次元が形成されたり強化されたりする可能性があることを示すもの、(b) ポルノグラフィ視聴とさまざまな性差別的行動とのつながりを記述するもの、という2つに分けられる。

ただしこうした研究にも問題は多い。まず、多くの研究が第1段階の影響について考察しているが、第2段階の影響には触れていない。次に、研究倫理の問題から被験者に悪影響を及ぼす可能性のある実験を行うことができず、悪影響があるかもしれないポルノグラフィを実際に見せることは難しい。また、多くの研究がかぎられた少数のグループ(主に男子大学生)に対する実験であるため、単純には一般化できない。そして、ほぼすべての研究が性的暴力に焦点を当てており、それ以外の害については研究しようとしていない。さらに、実験で確認できるのは一時的な影響だけで、ポルノグラフィの長期的な影響をとらえることはできない。最後に、こうした研究はポルノグラフィの種類を区別せずに議論している。賢明な反ポルノフェミニストは「不平等なポルノグラフィ」のみを批判するのだが、こうした研究ではポルノグラフィ全般をひとくくりにして調査してしまっているのである。

既存の研究にはこのような問題点がある。それ踏まえたうえで、次の問題を考えたい。もし仮に上記のような問題点が解消され、不平等なポルノと様々な害との間に正の相関が確認されたとすれば、そこからどうすれば因果関係を立証できるのだろうか。相関関係が因果関係であるかどうかを決定するとき、疫学者は一般に以下の基準を用いる。

1. 時間性(Temporality):疑わしい原因因子への晒されは、病気の発症に先行しなければならず、晒されと病気との間のインターバルを考慮しなければならない。

2. 強度(Strength):強い関連性は、弱い関連性よりも確かな因果関係の証拠を提供する。 関連性の強さは、相対リスクまたはオッズ比によって測定される。

3. 用量関係(Quantal-dose relationship):病原へ晒される程度、激しさ、持続時間またはその全体が増加することで、病気のリスクが漸進的に増加する。

4. 一貫性(Consistency):知見の再現は特に重要である。

5. 尤度(Plausibility):既存の知見の範囲内で、関連性はもっともらしくなければならない。

6. 別の説明の考察(Consideration of alternate explanations):観察された関連性が因果関係を示しているのかを判断するなかで、調査者がどれだけ代替的な説明を考慮したのかが重要である。

7. 中断データ(Cessation data):もしもある因子が病気の原因ならば、病気のリスクは、その因子への晒されが減少したり排除されたりすることで低下するはずである。

5 さらなる省察のための反論と問題

反ポルノフェミニズムには、以上のほかにもさらに検討すべき論点がある。一つめの懸念は、集団についての調査が個別事例について何を語れるのか、というものである。

たとえば人口10万人あたりの研究で、もし仮にポルノ消費者がそうでない人々と比べて性暴力加害者になる相対リスク(relative risk)が5倍だという結果が出たとしよう。そのことは、ジョンが性暴力加害者になるリスクについて何を説明できるのだろうか。ジョンは定期的に不平等なポルノを観ているが、フェミニストを自認しており、女性のための社会運動に勤しんでいるとする。このときジョンはフェミニズムにコミットすることで性暴力加害者になる可能性が低下しているため、母集団の傾向を表す研究の知見は、ジョンという個別の事例には適用できないことになるだろう。このような例から、以下のような疑問が考えられる。

ある集団zにyを引き起こすxの蓋然性は、zの個々のメンバーにyを引き起こすxの蓋然性と必ずしも同じではないのだから、この考え方はどのようにして個別事例を分析するのに役立つか?(p.711)

この疑問に対しても、イートンは疫学的な考え方に言及する。疫学では生物統計学によって、ある病気のリスク要因を特定する。いったんリスク要因が特定できれば、実際にどのリスク要因があるかによって、ある個人がその病気にかかる見込みを評価できる

もしも定期的にポルノにさらされることによって、ある個人が女性を傷つける――繰り返すが、幅広い害がありうることを考慮しなければならない――見込みが増すということが経験的に測定されたならば、そうした振る舞いを引き起こす他のリスク要因を知りさえすれば、集団についての研究と特定の個人のリスクとの関係を気にする必要はなくなるだろう。(p.711-712)

最初の懸念については以上のように回答できる。しかし懸念はそれだけではない。もし仮にポルノグラフィと害との間に強く明白な関連があるとしても、それは因果関係を意味するとはかぎらない。このことから、以下の三つの困難が生じてくる。

まず、因果関係の向きが逆かもしれない、という懸念である。特に第2段階の原因については、この可能性が強く考えられる。「ポルノグラフィは性差別的な態度や欲望を満たすかもしれないが、ポルノの生産と消費を説明するのは先行する態度や欲望であって、逆ではない」かもしれない(p.712)。

次に、ポルノとジェンダーに基づく害は疑似相関かもしれない。たとえばジョエル・ファインバーグが論じるように、ポルノは性暴力の原因というよりも、むしろ「男らしさの崇拝」(cult of macho)がポルノと性暴力の両方を独立に引き起こすとも考えられる。

3つめの懸念は、ポルノがある種の害をもたらすことを認めたとしても、そのときポルノが果たす役割は単に補助的なのではないか、というものである。

こうした懸念は賢明な反ポルノフェミニズムにとって重要な異論である。
イートンはこれまで疫学における議論を援用してきたが、ポルノの害を論じるうえで疫学的な因果関係を採用することには限界があるとする。というのも、病気ならば病因と症状との因果関係が明らかだが、ポルノと害については因果関係が一方向的とはかぎらないからである。そこでイートンは以下のような立場をとる。

喫煙と肺がんとの因果関係は一方向的であるのに対して、賢明な有害仮説は、ポルノグラフィとその害が正のフィードバックループという仕方でお互いを助長し合い、強化し合うと考える。(p.713)

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この考え方を表したものが、上の図である。「有害仮説は、複雑な因果メカニズムのなかでポルノグラフィが重要な要素であると考える」。このように、ポルノ有害仮説を考える際には、複雑な因果関係を想定する必要がある。

さらにポルノ有害仮説は、ポルノと性差別が疑似相関であるという可能性に開かれているべきである。

6 結論

1 賢明な反ポルノフェミニズムは、「不平等なポルノグラフィ」のみを批判する。

2 深刻さや性質の異なるさまざまな害が想定できるため、それを細かく分類して考察する必要がある。

3 二点目と関連して、ポルノグラフィによって引き起こされうる害は多様であるため、対処法も多様となる。それゆえ賢明な反ポルノフェミニズムは必ずしも国家的なポルノ規制に賛成するわけではない。

4 現時点では、ポルノ有害仮説は証明も反証もされていない。この論文では、疫学的な方法によって有害仮説を検証することを提案した。

5 ジェンダー不平等には複数の要因があり、あくまでもポルノグラフィはそのうちの1つである。

6 ポルノへの晒されは、想定される害の必要条件でも十分条件でもなく、状況に応じて害の可能性を高めるものである。

7 性差別におけるポルノグラフィの役割を、フィードバックループ・モデルのうえで考える必要がある。

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*1:誤訳や誤解などがありましたら、ぜひコメント等でご指摘ください(特に統計用語や疫学用語)。

*2:なおここで言う「ポルノ規制」は全面的な禁止だけに限らない。たとえば性器にモザイクをかけるという規制や、一定の年齢以下の人物を出演させないという規制なども含まれる。つまりイートンは、ある部分的なポルノ規制が、必ずしもポルノ全体の流通を減らすとは限らないと指摘しているのである

*3:集団レベルで当てはまることが、個人レベルでは当てはまらないこと

*4:前編で様々な害を細かく分類したことが、ここで重要になっている。