境界線の虹鱒

研究ノート、告知、その他

英語圏における「美少女アニメのせいでトランスジェンダーになる」言説の事例メモ

『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(原題: Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters)をめぐって、英語圏では保守派からのLGBT批判のなかでアニメも批判されている、というトピックが話題になった。

『あの子もトランスジェンダーになった』のなかのアニメに関する言及については、すでに以下の記事などでまとめられている。

これを踏まえつつ、トランスフォビアとアニメ批判を結びつける英語圏の言説がどういうものなのか、当該書籍以外の事例をメモしておく。

『あの子もトランスジェンダーになった』における「anime」への言及

本題に入る前に、当該書籍で「anime」がどう語られているかを確認しておこう。原著の索引を見ると、この本のなかで「anime」が2か所で言及されていることが分かる(ちなみにmangaへの言及はなかった)。言及されている段落を引用しておく。

Her mothers were a little unnerved by the extent to which Julie seemed to revere her new friend. After school, Julie would often meet up with Lauren, who introduced her to anime, computer-animated images of anthropomorphized creatures. “I had no idea it was tied into this whole trans culture,” Shirley said to me. Online, Julie began to visit DeviantArt, an art-sharing website with a large transgender following and a lot of gender ideology in its comments section. (p. 9)

自分の子どもが友人経由でアニメにハマってDeviantArt(イラストや写真や小説などを投稿できるサイト)に行きついたんだけど、DeviantArtが「ジェンダーイデオロギー」まみれのサイトだった、みたいな話が書いてある。

The mothers had worked so hard to meet their daughters where they were—to share their fads and enthusiasms, from emo to anime. They embraced their daughters’ announcements of allegiance to atheism, communism, and their epiphanies about being gay. They needed their daughters to be happy and successful—and maybe, looking back, they needed this too much. (p. 88)

子どもがトランスジェンダーになってしまったのは、親が子どものしたいようにさせすぎたせいだろうか、みたいな話が書いてあり、無神論共産主義とならんでアニメが挙げられている。

こうした箇所から、トランスジェンダーになる要因としてアニメが挙げられているらしいとは分かるのだが、この記述だけでは「アニメのせいでトランスジェンダーになる」という主張の詳細はつかみづらい。

「オートガイネフィリア理論」と美少女アニメを紐づける言説

ということでもっと詳細が分かる事例はないか探してみたところ、「抑圧されたシス男性が美少女アニメに触れ、オートガイネフィリアに目覚めることによって、トランス女性になるのだ」という感じの言説があった。この主張に言及しているのが、かの悪名高いレイ・ブランチャードである(ちなみにブランチャードは『あの子もトランスジェンダーになった』原著に推薦文を寄せている)。

言及されている記事は削除されているが、以下のアーカイブから読める。

色々と問題点のある記事で、たとえばジェンダー規範(「女性らしさ/男性らしさ」)の論点とジェンダーアイデンティティの論点を混同し、後者の論点を否定しているという問題が挙げられる(この問題については周司あきら・高井 ゆと里『トランスジェンダー入門』(とくに34頁~39頁)を読んでほしい)。

また、トランス女性をオートガイネフィリアとみなす理論(ブランチャードが提起したものである)は、経験的調査から否定されているのだが、トランスジェンダーの存在を否定する立場の人々がいまだに持ち出してくるものである。オートガイネフィリア理論をめぐる議論の解説として、以下のジュリア・セラーノの記事を挙げておく。この記事では、ブランチャードがアニメに言及しているツイートも取り上げられているため、トランスジェンダー差別とアニメ批判の関係について論じる際にはこの記事を参照するとよいかもしれない。

ちなみに余談だが、ブランチャードはアニメアイコンの人とプロフィールに代名詞を書いている人をブロックしているらしい。

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