2012年8月31日 マーク・グリフィス(Mark Griffiths)
以前のブログで、ファーリー・ファンダム(Furry Fandom:動物に扮することで性的快感を得たり、あるいは動物の格好をした人とセックスすることで性的快感を得る人のこと)と対物性愛(objectum sexuality:無生物または構造に対して、感情的なあるいは恋愛的な深い愛着をはぐくむ人のこと)について調査してきた。今回はトゥーノフィリア*1について、様々なネット上の言説を蒐集した。
トゥーノフィリアとは、性的あるいは感情的に漫画のキャラクター(日本のアニメキャラクターを含む)へ惹きつけられるという性的倒錯のことである。ネット上ではいくつかの若干異なる定義が見られるが、その中には、漫画のキャラクターにしか性的関心がないという人だけがトゥーノフィリアだ、と主張するものがある。また、fictophilia(虚構嗜好:本のなかの架空の人物へ、恋愛的あるいは性的に惹かれる人)やgameophilia(ゲーム嗜好:たとえば『トゥームレイダー』のララ・クロフトといった、架空のビデオゲームのキャラクターに対して、恋愛的あるいは性的に惹かれる人)などと同じような嗜好であるとする主張も見られる。あるウェブサイト*2では、トゥーノフィリアを一種のライフスタイルと捉え、そして「人間とマンガキャラクターとの間に物理的接触がないがゆえに」トゥーノフィリアの性行動は(当然のことだが)マスターベーションによって構成されると主張していた。
私はトゥーノフィリアについて学術的に言及されているのを、一度だけ見かけたことがある。2009年に”Forensic and Medico-legal Aspects of Sexual Crimes and Unusual Sexual Practices” (『性犯罪と非定型的性実践の法医学』)の題で出版された、Anil Aggrawal 氏の博士論文内で、性嗜好の包括的なリストに挙げられていた。しかしそこでの言及は、1行の定義だけだった。またこの本では、トゥーノフィリアが「schediaphilia」という別の名前で知られていることにも言及していた。このほかに私はブレンダ・ラブ氏の(基本的にとても信頼性が高く包括的な)"Encyclopedia of Unusual Sex Practices"*3を確認したが、トゥーノフィリアについての言及はまったくなかった。
最も有名なトゥーノフィリアの1人は、漫画家のロバート・クラム(Robert Crumb)である。彼は幼い頃、女装していたときにバッグス・バニーに性的に惹かれた、と公言している。具体的には、彼はこう言った:
「5歳か6歳ぐらいの頃だっただろうか。私はバッグス・バニーへ性的に惹かれました。そして私は、このバッグス・バニーを漫画の表紙から切り取って、自分と一緒に持ち歩いていました。ポケットに入れて持ち歩いて、定期的にそれを取り出して眺めていて、そして……そして、長らく持ち歩いていてくしゃくしゃになったので、アイロンをかけて伸ばしてもらうよう母に頼んだのです。そして母はそのとおりにして……私はひどくがっかりしました。母がアイロンをかけたことで、その表紙は茶色になり、ぼろぼろに崩れてしまったので」
芸術投稿サイトDeviant Artのウェブサイトで行われた定期的な投票では、58人のユーザー*4のうち60%が「あなたはトゥーノフィリアですか?」という設問に対して「はい、そのとおり」と答え(n=35)、14%が 「いや、そうでもない」と答え(n=14)、そして16%が「多少は」と回答した。もちろん、そのアンケートが科学的でないことは承知しているし、回答者の数も非常に少ない。だがそのアンケートは、私が見つけることができる唯一の数値データだった。また2008年のハフィントン・ポストの記事*5は、漫画のキャラクターと公的な関係を持ちたいというトゥーノフィリアもいると報じた。その記事では、Toonophile Planetのウェブサイトが(そのキャラクターがまだ他のトゥーノフィリアと結婚していないと仮定して)婚姻証明書を提供していたと報告した。さらに、人間と漫画のキャラクターの関係や結婚を合法的にするよう本気で求める請願が、Go Petitionのウェブサイトにある。請願によると:
「トゥーノフィリアは広がりつつある考え方だ。漫画/ビデオゲームのキャラクターへの心からの愛のみならず、私たちは彼らの存在感を感じており、さらに私たちのキャラクターへの愛はあなたや私の存在と同じぐらいリアルである。トゥーノフィリアたちはインターネット上でヴァーチャルな恋人たちのと結婚を表明しており、ヴァーチャルな結婚証明の件数は増加している。トゥーノフィリア向けのウェブサイトの例として以下のものがある。www.sonic-passion.com、www.toonophilia.net*6。これらの結婚証明書は残念ながら単なる仮想にすぎない。私たちは、私たちの名前と愛する人の名前が書かれた「法的な」結婚証明書を要求する。私は実在の人間との関係に興味を持ったことは一度もなく、仮想のキャラクターにしか興味がない。この請願は十分な署名が集まり次第、BBCに送られる。私たち署名者は、イギリスにおいて人間と仮想のマンガ/ビデオゲームのキャラクターとの結婚を認めるよう要求する」
またハフィントン・ポストの記事では、他のウェブサイト(ToonsPortalなど)は様々なキャラクター(たとえば『原始家族フリントストーン』など)の猥褻でポルノグラフィックな画像や動画を特集していると記述した。2012年3月に、Willow Monroeはトゥーノフィリアに関するオンラインエッセーを書いた。書いてある内容についての裏付けは何もなかったが、彼女は次のように主張していた:
「トゥーノフィリアにとっての性的魅力は、ジェシカ・ラビットやベティ・ブープのような露骨なエロチックなキャラクターである必要はなく、愛情や欲望の対象は――バッグス・バニーからミズ・パックマンにいたるまで――あらゆるアニメやスケッチであり得る。トゥーノフィリアは、彼らの憧れるキャラクターの画像を持ち歩いたり、ぬいぐるみやフィギュアを収集したりすると知られている。トゥーノフィリアに友好的なサイトの中には、自分の好きなキャラクターがまだ求婚されていなければ、サイトのメンバーがそのキャラクターと結婚することを許可するというところもある。ウェブ上には、このフェティシストの空想に応える豊富なサイトがある。さまざまなキャラクターについて、想像しうるあらゆる種類の性的行為を演じているのを見ることができる。インターネット上のポルノマンガのうち、ずば抜けて最もポピュラーな形式は、日本のアニメ市場によって提供されている。アニメ調で描かれたポルノマンガは俗にHentaiと呼ばれている。その単語の語源からは、このスタイルの起源となったアーティストたちが自分の作品を、「倒錯(perversion)」と訳されるような言葉で示されるものとして考えていた、ということを読み取ることができる」
私は休暇の時間でトゥーノフィリアについてのフォーラムを漁り回り、漫画のキャラクターと恋愛をしたり長年にわたる性的関係を持っていると主張する何十人もの人々に出会った。例えば、これはいくつかの(真正の)告白であり、また氷山の一角である:
・「私はトゥーノフィリア*7だと思います。私の好きなアニメキャラクターの番組を観るといつも、私の心は狂ったように高鳴るから。それに加えて、そのキャラクターについて性的な夢想もします。私はそのアニメのキャラクターにすっかり首ったけです」
・「私はトゥーノフィリアに近い人間です。私は4年前から自分がトゥーノフィリアであると自覚しましたが、その萌芽は、私がトゥーノフィリアという概念を理解すらしていなかった幼少期にまでさかのぼります。私はいつも漫画のキャラクターに魅力を感じていて、その感覚は大人になるにつれて明確になっていきました。だけどほとんどの人は「マジで?」という反応で、本当のことだと信じさえしない人もいます。なのでほとんどの人に対して、私は自分のセクシュアリティを説明できません。ですが本当にそうなのです。私は本当に、実在する人に性的魅力を感じることができません。正直言って、私は実際の人とセックスすると考えると吐き気がします、趣味じゃないんです。だけど『美女と野獣』の野獣のような、ある一定のキャラクターに対しては、その気になります」
・「私が15歳になってからずっと、私はエミー・ローズ(『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のキャラクター)への恋に落ちています。今日にいたるまで私は彼女と恋をしており、私の人生を彼女と共有しています。皆さんの大部分は、「なんという敗者だ、架空の人格を愛しているなんて。本物のガールフレンドを作れよ」と思うでしょう。だけど、エミーは私を幸せにしてくれますから、そういうことにしておいてください」
・「私はトゥーノフィリアのようなものです。あるいは、私はマンガではない架空のキャラクターに惹かれているので、虚構性愛(fictosexual)と言うべきでしょうか。私は、私が実在の人間に惹かれていないことに気づきましたが、架空の人物についての性的な空想や恋愛関係の空想をしていました。私は架空のキャラクターと付き合ったり、セックスをしているところを想像します。キャラクターによって、より性的であったり、恋愛関係的であったりします。ある日はこのキャラクター、別の日には別のキャラクターで空想するのです。それはポリガミーのようですが、彼らには嫉妬もなく、また病気になったり妊娠してしまう危険性もありません」
・「幼少時から漫画のキャラクターに強い魅力を感じるという以外に、どうやってこの嗜好に気づいたかなんて思いつきません。もちろん、ポニー*8や野獣*9、漫画のドラゴン、ポケモンやデジモンのようなものは、私にとっても肉体的なものです。彼らはもとの姿のままで、文字通り私にとって肉体的に魅力的です。そうしたキャラクターが私にとって魅力的である理由の一つには、こういうものがあるように思います。そのキャラクターが現実世界のルールに制約される必要のないキャラクターであるがゆえに、より「独創的な」あるいは「非現実的な」フェチにも有益である、という理由です」
ビデオゲームに関する私の調査からは、たとえばララ・クロフト*10のようなビデオゲームのキャラクターについて考えると、若いプレイヤーのなかに確かにトゥーノフィリアがいることを見て取れる。以前の記事では、私はララ・クロフトが大人気である理由を考察した。1つは――これはかなり明白かもしれないが――彼女が巨乳のデジタルアイコンだということである。しかし『トゥームレイダー』プレイヤーのほとんどは、欲情している青少年ではない。私はプレイヤーのグループに対して、なぜ『トゥームレイダー』がそんなに良いゲームだったのかと質問した。一つの最も重要な要素は、トレジャーハンティングゲームとしてのクオリティであるようだ。彼女の身体的な属性は、10代の若者を除いてほとんどのプレイヤーにとって重要ではないようだ。もしかすると『トゥームレイダー』プレイヤーの中には、トゥーノフィリアの傾向が発達し始めている10代のビデオゲームプレイヤーもいるかもしれない。
参考文献
Aggrawal A. (2009). Forensic and Medico-legal Aspects of Sexual Crimes and Unusual Sexual Practices. Boca Raton: CRC Press.
Griffiths, M.D. (1998). Shrink Rap: The Croft Report. Arcade, 1 (November), p. 49.
Love, B. (2001). Encyclopedia of Unusual Sex Practices. London: Greenwich Editions.
McCombs, E. (2008). Toonophilia: Is it porn? Huffington Post, October 1st. Located at: http://www.asylum.com/2008/10/01/toonophilia-is-it-porn/
Monroe, W. (2012). Fetish of the Week: Schediaphilia (Toonophilia). ZZ Insider, March 12. Located at: http://www.zzinsider.com/blogs/view/fetish_of_the_week_schediaphilia_toonophilia
翻訳について
この文章は、2012年8月31日にマーク・グリフィス(ノッティンガム・トレント大学教授。アディクションについて研究している心理学者)が自身のウェブサイトに掲載した記事Something to get animated about: A brief overview of toonophiliaの全訳である。なお原文著者のツイッターアカウントはこちら:Mark Griffiths (@DrMarkGriffiths) | Twitter
ちなみに翻訳した記事は、前回紹介した性的空想とAセクシュアルに関する論文("Sexual fantasy and masturbation among asexual individuals: An In-Depth Exploration")に、参考文献として挙げられていたサイトでもある。こちらの論文は2016年に発表されたもので、Aセクシュアルと虚構性愛(fictophilia)の関係や、虚構キャラクターを性的対象とする人々について研究する必要性なども議論されている。関心のある方は前回の記事をご覧ください。このように、二次コンやトゥーノフィリアについては、オタク論の文脈だけでなく、セクシュアリティの側面からも議論される必要があるだろう。
なお翻訳の正確さについては責任を負いませんので、必要に応じて原文を参照ください。
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*1:toonophilia:日本語で言うところの「二次元コンプレックス」とほぼ同じ。英語圏ではSchediaphiliaとも呼ばれている
*2:※SCHEDIAPHILIA in the Serial Killer Calendarというサイト。ちょっとサイトのデザインがおどろおどろしいので、一応閲覧注意
*3:非定型的な性実践についての百科事典。原著初版は1992年刊行。日本では『トンデモ超変態系』という題で1996年に抄訳が出版されている。しかしなんでこんな邦題にしたのか……
*4:”deviants”と呼ばれている
*5:http://www.asylum.com/2008/10/01/toonophilia-is-it-porn/ただしリンク切れ
*6:両サイトともすでに閉鎖されている模様
*7:原文ではschediaphiliaとなっているが、意味は同じ。以下schediaphiliaも「トゥーノフィリア」と訳出する