境界線の虹鱒

研究ノート、告知、その他

エロサイトにできる社会貢献を考えてみた

何気なく書いたツイートが思いのほか伸びた。

ツイッターだとすぐに流れていってしまうので、せっかくの機会ということでブログにも簡単なメモを残しておく。

R18コンテンツを扱うサイト*1にアクセスすると、以下のようなページが表示される*2

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確かに「年齢で線引きする」というのは、ルールとしては分かりやすい。しかしそれ以上に重要なのは、正しい知識である。

しばしば「AVのせいで誤った性知識を身に着けてしまう」と非難される。そのような事態を避けるためにも、年齢より知識を問う方が有意義ではないか。実際、成人であっても誤った性知識を持っている人は一定数いる。エロサイトへのアクセスをきっかけに性知識をアップデートしてもらうことができれば、それは大きな社会貢献となるだろう。

現実的な方策

とはいえ、「サイトにアクセスするたびに何問も何問もクイズに解答させられる」というのでは、ユーザーにとってストレスとなるだろう。場合によっては、そのせいでサイト利用者が減るということにもなりかねない。あまりにも負担が大きければ、現実問題としてどこのサイトも実施しないだろう。そうした点を考慮したうえで、実現可能と思われる形式(の一例)を以下に述べてみる*3参考程度に見ていただきたい。

・いくつかの設問からランダムに1問出題する

「正しい/間違い」の2択で答えられる設問を複数用意しておき、アクセスするたびに違う問題が出てくるようにする。2択問題を1つ解くだけならば、年齢確認に「はい/いいえ」で答えるのと手間は変わらないはずである。また、エロコンテンツを愛好している人であれば、エロサイトに複数回訪れると予想される。それゆえランダムに1問出題するという設計でも、性知識の伝達として役立つと考えられる。

・不正解の選択肢をクリックすると性教育関連のサイトに飛ばされる

成人向けだけでなく全年齢向けコンテンツも扱っているサイトであれば、全年齢用のページに飛ばすのが一般的である。それでも問題はないが、もし成人向けしか扱っていないのであれば、性知識について解説しているサイトに飛ばしてもよいだろう。

・年齢確認はチェックボックス

年齢確認が必要ということであれば、「わたしは18歳以上です」というチェックボックスをクリックさせる、という方式が効率的だろう。チェックを入れなければ設問に回答できない、という設計にするのがよいと思われる。

・会員登録時に数問解答させる

初めてアクセスするときに会員登録をして、アカウントを作成するというサイトもある。その場合はアカウント作成時に、メールアドレスやパスワード等の入力とあわせて、いくつかの設問に解答してもらうという方法が考えられる。

設問案

それでは、具体的にどのような設問がよいだろうか。設問の種類としては、さしあたり (1) 避妊方法について、(2) 性感染症について、(3) 身体や生理について、(4) 性交のやり方について、(5) その他、という大きく5つに分けられる。質問文の作り方としては、たとえば「青少年の性行動全国調査」で性知識を問う設問などが参考になる。この調査では(1) (2) (3) が扱われている。一例として以下に引用しておく。

●「膣外射精(外出し)は、確実な避妊の方法である」(答え:まちがい

●「排卵は、いつも月経中におこる」(答え:まちがい

●「精液がたまりすぎると、身体に悪い影響がある」(答え:まちがい

●「クラミジアや淋病などの性感染症を治療しないと、不妊症になる(赤ちゃんができなくなる)ことがある」(答え:正しい
●「日本ではこの10年間、新たに HIV に感染する人とエイズ患者は減少し続けている」(答え:まちがい 近年のデータはこちら

●「経口避妊薬(低用量ピル)の避妊成功率は、きわめて高い」(答え:正しい*4

また、(4) としてAV特有のファンタジーについての設問を用意してもよいだろう。この種類の設問を作るときには、たとえば以下の記事などが参考になる。

この記事から分かるように、 AV知識を真に受けた「間違った」セックス観は女性に苦痛をもたらす。それだけでなく、男性に対しても「男性がセックスを主導して、女性をオーガズムに導かねばならない」という抑圧的な思い込みを引き起こす*5。AVなど性的ファンタジーを扱うサイトだからこそ、こうした点についての啓発が求められるだろう。

これ以外にも、たとえば経口避妊薬の使い方について、性的マイノリティについて、ジェンダーに関連するトピックについて、など設問案は色々ある。一例を挙げておく。

●「セックスしないと子どもは作れない」(答え:まちがい*6
●「性欲は本能であり、生物学的メカニズムだけで決定される」(答え:まちがい*7
●「経口避妊薬は避妊以外の目的にも使われることがある」(答え:正しい*8
●「すべての人は「男」か「女」にキッパリと分類できる」(答え:まちがい*9

性教育についての書籍はいくつも出版されている。また、性知識の普及度を調べるアンケート調査もいくつか存在する。設問を作るさいには、そのような資料が参考になるだろう。

結論

言うまでもなく、性教育は学校など教育の場でしっかりと行われるべきである。とはいえ、インターネットもまた性情報の流通する大きな場となっている以上、エロサイトに正しい性知識を伝達する役割を担ってもらうことにも意義はあるだろう。

上記のような設問を用意することは、サイト側にとって手間かもしれない。しかし「正しい性知識をもっと知りたい」という需要自体が一定数存在すると思われる。設計次第では、むしろ新たな需要を掘り起こす可能性もあるかもしれない。いずれにせよ、社会貢献だと思って検討してみていただきたい。

補足(あるいはやや小難しい余談)

今回の提案は、エロサイトに性知識の伝達を協力していただこうという、いわばポジティヴ・アプローチである。エロサイトやポルノグラフィの危険性や有害さを強調するネガティヴ・アプローチとは異なる、という点に注意していただきたい。

ネガティヴ・アプローチとしては、たとえばタバコのパッケージの警告表示のように、危険性や有害さを前面に押し出すという方策が考えられる。しかしタバコと違い、ポルノの有害さは(少なくとも現時点では)実証されていない*10。この点で、タバコのようなネガティヴ・アプローチをエロサイトに適用するのは不当だと考えられる。

さらに「『対人セックスに適さない内容の性的空想』を愛好する人々」も一定数存在する。性的ファンタジーに対して過度にネガティヴなレッテルを貼ることは、そのような人々への偏見を助長することになりかねない。

そもそも、「現実の他者との性的身体接触」のみを正しい性行為として特権化すること自体にも問題がある*11*12。もちろん性的空想が無批判でよいというわけではないだろう。しかし対人セックスを自明視したまま、性的空想だけを一方的に問題視することは、「現実の他者との性的身体接触」それ自体は望ましい、という暗黙の前提に立つことになる。この点についてはもっと自覚的になるべきだろう。

言うまでもなく、ポルノグラフィが「フィクションである」ということを明記することは必要である。しかし過度にネガティヴな意味付けをすることは、むしろ「対人セックスの特権化」という別種の権力作用をもたらしかねない。こうした点を加味しても、性知識の伝達というポジティヴ・アプローチが適切であると言えるだろう。

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注釈

*1:本記事では、主にAVなど性的ファンタジーを販売・掲載するサイトを想定している。

*2:画像は「とらのあな」のアダルトページを開こうとしたときのものである

*3:なお筆者はウェブサイト作成技術などについてまったく素人であるため、技術面については考慮していない。これについてはご了承いただきたい。

*4:※適切に服用しましょう

*5:赤川学(1999)はこのような発想を「性愛のノブレス・オブリージュ」と呼んで、男性にとっても「抑圧的」であると指摘している。個人的には赤川学屈指のパワーワードだと思う。ちなみに赤川学『セクシュアリティの歴史社会学』浩瀚学術書だが、文章が明快であり、読み物としても楽しめる。

*6:生殖に必要なのは精子卵子の結合であって、性器接触ではない。たとえば「男性が自慰等の手段で出した精液をスポイトに入れて、女性が妊娠を望むならば自分の意志で腟に注入する」という方法でも子どもが出来ることはある。より医療的な体外受精技術も存在する。

*7:性的欲望には、生物学的要因と文化的要因がお互いに関連し合っている。以下の中村美亜による説明が端的で分かりやすい。

「性衝動は主にホルモンの働きによって引き起こされるが、そのホルモンがどう作用するかは人それぞれであるし、またその作用の仕方を決定する体内のメカニズムは、心理・社会的なことと大きく関わっている。つまり、個人の心理的特性や過去の体験、家族や社会からの影響によって性的衝動を司る身体の働きは異なるのである。」
(中村美亜(2008)「"アイデンティティの身体化"研究へ向けて――『感じない男』を出発点に」『身体とアイデンティティ・トラブル――ジェンダー/セックスの二元論を超えて』p.261-262)

なお中村美亜『クィア・セクソロジー』セクシュアリティについての優れた入門書であり、性について様々な側面から分かりやすく説明されている。

*8:生理のタイミングをずらすことができるため、たとえば入試や旅行など重要なイベントに備えて服用する場合がある

*9:詳しくは性別二元制 - Wikipediaなどを参照

*10:従来のポルノ調査を幅広く視野に入れた学術研究としては 【文献紹介】A. W. イートン「賢明な反ポルノフェミニズム」前編 - 境界線の虹鱒 などがある

*11:これについては 「ルギアで抜いた人」から考えるセクシュアリティ論【雑感】 - 境界線の虹鱒 や 【翻訳】英語圏の二次コン(toonophilia)概説――二次コンをめぐる言説、および当事者の声 - 境界線の虹鱒 などを参照。

なお「セックスしないと子どもは作れない」などという反論が散見されるが、先に述べたように、セックス以外にも子どもを作る方法は存在する。また「対人セックスは重要なコミュニケーション手段だから特別なのだ」という反論もあるかもしれないが、セックス以外にもコミュニケーション手段は多々ある。コミュニケーションツールとしてのセックスを過信してはならないし、セックス以外のコミュニケーションを舐めてもいけない。

*12:言うまでもないことだが、「愛情ある平等な対人セックスを特権化しない」ということは、決して性暴力を肯定することではない。そもそも「人を傷つけてはならない」という規範は、性に関する領域のみならず社会全体で適用されるべきルールだろう。「愛情ある平等な対人セックスを特権化しない」とは、性の領域に固有の――そして不当な――原則を作るなということであり、性に関する領域も原則として社会一般のルールと同じように考えるべきだということである。